2024
こんな夜中に。
2024年はどんな1年だったかな。
2024っていう数字、好きなんだけどな。
「終わりよければすべてよし」とは真逆だった。
すべてがそうではないけれど。
でも年が進むにつれて、何もかも上手くいかなくなった。しまいには事故って骨折して廃車にするという最高のオチ付き。
初担任、難しかった。顧問2年目、難しかった。
これがこの先続くのかと思うと少し気が滅入る。
茨の道のスタート地点に立って、その茨に傷ついただけで、何も進んでない。
成績が悪い子の成績会議資料に、「基礎学力不足」「本人の努力不足」と書くように。
自分の力不足。努力不足なのは明白。
いつもなら1日1回は開くパソコンも冬休みですっかり埃をかぶっている。
それだけ仕事のこと考えたくないってことだろう。積もった埃の深さが教えてくれる。積もるのは雪だけがよかったのに。
周りの人には恵まれてた。書いている裏で寝息を立てているあなたにはとっても感謝してる。ありがとう。ここまでの自分を作ってくれた人たちにも感謝。
2025年スタート。四捨五入したら30歳だって。怖いね。こまったこまった。
アラサーの仲間入り。いつまでも自分のこと若いって思ってちゃいけないんだね。
それ相応の身のふり方を考えないと、痛い目にあいそうだ。
最悪のオチが付いた2024年とはまた違う、落ち着きのある2025年にしたいですね。言葉遊びがしたいだけ。
振り返りを書く気にもならなかったのは現実をみたくなかっただけ。この後にも書かないよ。
2025年、幸せがヘビーな1年にしたいね。これも言葉遊び。
またね。
師
一年は早いもので、あと二ヶ月で2024年が終わってしまう。
ということはあと二ヶ月で毎年恒例(?)の振り返りを書くことになるらしい。今年は慌ただしすぎてあんまり記憶にないなあ。怒涛という言葉がよく似合うそんな毎日。
最近自分は海外の人に言わせれば典型的な、仕事ができないタイプの人間だなと痛感する。日本人は早出残業が美徳だけど、海外では勤務時間内に終わらせられないダメなやつになるからね。そんな自分は毎朝7:30には学校にいて、帰りは19:00くらいに学校を出る。土日もそう。部活がない日でも10:00くらいに学校に行って、パソコンぱちぱちして、会う先生みんなに部活?って聞かれて、いや事務作業しに来ただけっすと返す。これを4回ほど繰り返す。ちなみに4回は適当。平日は朝早く行って教材研究して、日誌書いて、雑務してってやらないと不安で仕方がない。でも、学校は嫌いじゃないから大丈夫。いや今はの話だけど。
自分には「師」と呼べる人がいない。
例一:中学生の時の担任
中学の担任は3年間一緒で、バスケ部の顧問だった。当時の記憶なんてほとんどない。どんなことを教えてもらったかも、どうやって接してもらっていたかとかも今は思い出せない。部活も指導してもらっていたけど、どんな練習していたかも本当に思い出せない。ダメだこれは。今は姉妹校に勤務していて、バスケの実績などからも雲の上の存在のような人だ。そういう意味では「師」なんだけどさ。気軽に相談したりできる感じじゃないし頼れないから「師」って感じはしない。
例二:高校3年生の担任
自分は高3で準選抜クラスに入ったから、その先生とは一年の付き合いだった。就職してからも去年までは一緒に勤務していたけど、一身上の都合により今年退職した。気のいいおばちゃんって感じだったけど、何かを残してくれたかと聞かれてもよく思い出せない。連絡先も知らないからもう会うことはないのだろう。
例三:高校時代の部活の顧問
もうこの世にはいない。自分が教員になることを待ち望んでいて、教育実習の時にもちゃんと悩んで決断しろよって背中を押してくれたのに。ちゃんとに帰ってきたのに。その人はもう職員室にはいなかった。当時は説法だ説話だって馬鹿にしてたけど、今はその意味がちゃんとにわかる。だからこそまた話をしたかった。バスケも戦術的なことを教えてもらった記憶はないけれど、それでも今の自分にはそういう話が欲しい。
生徒指導でも部活指導でもどんな場面でも「師」と呼べるような人がほしいのに。
顧問2年目にしてぶつかった壁は大きい。知識不足指導力不足実践力不足努力不足色々なものが不足していることが自分でもわかるのに、それを人間から補う術が自分にはない。どうしたものかね本当に。一年生と二年生の分裂が危ぶまれる今、自分にできることはあるのだろうか。
自分は誰かにとっての「師」になれるのかな。
またね。
悲観
夏休みが終わって二週間。今年度で一番限りなくマイナスにメンタルの針がふれている。
クラスのことももちろんそう。中等部上がりが1/3を占めるうちのクラスはなんだかみんな幼い。言っても伝わらない。そもそも話を聞いていない。そんな感じ。元気なのはいいことかもしれないけど、それでももう少し高校生らしく過ごせるんじゃないかなと思う。諸規定違反もダントツで多い。それもまた自分の指導力不足なんじゃないかと思ってしまう。たくさん自分が嫌いになる。
部活もおなじ。3年生が引退するまでは楽しかった。何回も書いてるけど、いい子たちだったから。今年の代はまた色が違うみたい。前は自分がたくさん寄り添って、励まして、背中を押して、ってやってたけど。今の2年生はそういう子たちじゃない。もう少し突き放して、上手くラインを引いてあげないといけないのかな。大学でバスケをやって訳でもなければ誰かのもとでコーチングを学んだわけでもない。少しバスケを齧っただけのただの2年目。部員達の期待に応えられてないなって、強く思う。去年まではいい雰囲気でやれてたのに、今年はそう上手くいかない。なんだか練習はダレるし、声も出ない。どうして?隣の男バスは逆に代がかわって部活らしくなった。元気に聞こえてくるのは男子の声ばっかり。かたや雰囲気の終わっている女バス。指導者が悪いのかな。自分のせいなのかなって思うとまたたくさん自信がなくなって、みんなの前に立つのが怖くなる。一旦他の人に預けてみたい気もするけど、それで上手くいったらさらに嫌になるんだろう。
また代替わりすれば部活の雰囲気やらなんやらも変わってくるのだろうか。それとも自分が変わらない限り難しいのかな。部活が楽しかったから、何とか1年目やりきれてたけど、それが無くなると苦しいね。
ごめん、弱音ばっかり。教員生活2年目、担任1年目で早くも大きな壁にぶつかっている感覚。私生活で落ち着ける場所があるのが唯一の救い。
今はきっと流れがよくないから。どこかで流れが好転するタイミングは来るだろうか。悲観的な自分はそのタイミングを逃さず掴めるだろうか。
明日話すこと
新年度になりました。初めて教師として職員室に入り、いろんな先生にあいさつ回りをしたあの日からすでに一年とは。驚きを隠すことができない。自分にも晴れて後輩(?)ができて、下っ端から卒業したわけですが。それでも業界で見たらまだまだ下っ端なわけで。自分が何かを成しえたわけでもないし、誰かに感謝されるようなことをしたわけではないけど、一年を乗り切ることができてしまった。自分の誕生日には一日入学がある。今年から担任を持つことになったわけだが不安は絶えない。絶対上手くいくはずがないのに。どうしてこうも失敗を恐れてしまうのだろうか。仕方ないことだと頭では理解していながらも。自分が望んだ職業に就いて、夢を叶えたといっても過言ではないのにどうしてこんなにも気持ちが落ち込むのだろうか。自分のクラスはどんなクラスになるだろうか。入学式、文化祭、体育祭、校外学習、全部いい思い出になるだろうか。来年の今頃「安井はハズレだった」とか言われてないといいな。少しでも、クラスの子にとっていい一年になるといいな。なるといいなというか、行うのは自分なのに他人任せな言い方するの本当にいけない。自分がその大きな要因を占めるという自覚をもっと持たなければ。
明日の練習では部員が全員揃うから、新年度の所信表明でも行おうかな。今回はその下書き?メモ書き?みたいなもの。適当に書き連ねる。
今年も顧問をすることになりました。一部では紅陵の先生が来るみたいな噂もあったらしいけど、そうじゃなくてごめん。昨日からそういう噂があったらしいから、自分が顧問だというのが少し怖かった。県に連れていけるような人が顧問になるってワクワクしてたのを壊しちゃったらどうしようって。でも、自分が続投って伝えて安心してくれたり、顧問変わるの嫌だって言ってくれてる人もいいて、顧問やっててよかったなーと思った。
少しだけ暑苦しい話
①声を出そう
最近言い始めているけど、練習中もそうだし試合中ももっと声を出そう。練習つらいめんどくさいあるかもしれないけど、一人がつらいときはみんなつらいよ。つらいのにつらいーって雰囲気にしたらもっとつまらなくなっちゃうから。みんなで声出そう。恥ずかしいとか思わないで大丈夫。声にスランプはない。シュートはいらない・ドリブル上手くいかないはある。でも声出せないはない。声と元気でチームは救える。これは本当。練習から盛り上げていかないと試合で出せるはずない。おとといの練習試合見たけど、男子はゾーン組むとすごく声が出る。特に下の人たち。下の人たちはもっともっと声を出して上の人を助けないと。ハイポにいる、逆サイ切れるよー中居ないよーとかちゃんというだけでプレッシャーになるから。まだまだみんなは上手くなれる伸びしろしかない。
②挨拶しよう なんかかぶっているね
新三年生までは野田先生に指導を受けたことがあって、言ってしまえば少し古臭い部活動って感じが残ってる。でも自分はそれがすごく好き。ちゃんと体育館から出る時もありがとうございましたってするし。いつも言ってるけど、体育館でバスケできるって当り前じゃなくて、したくてもできない場所に生きている人だっているわけで。
新二年生は自分がゼロから見ている。みんなの代でその伝統みたいなものを終わらせてほしくない。三年生に比べるとまだまだ意識できる部分はあるよなーって勝手に思っている。もっとできるはず!って。三年生みたいに体育館出るときに一言言っている?伊東さんたちも無意識でやってたかもだけど、そのいい伝統みたいなものもみんなで終わらせてほしくない。入ってくる一年生にもそれが部のルールなんだってわからせてほしい。男子みたいにならないでほしい。先生の自己満じゃんて思うかもしれないけど。これは自己満。だってあんな風になってほしくない。強いチームってのはバスケが出来ればいいってものじゃないから。バスケ以外の面もすべて含めて強くていいチームになってほしい。新二年と新一年で上手くチームの雰囲気を作って、ルールみたいなものを浸透させられれば、きっとずっと続いていくはず。いつか来てしまうであろう自分が顧問じゃなくなる時が来たとしても、志学館の色として残っていくはず。これから数年後、みんなが卒業して、もし誰かが志学館に顔を見せに来てくれた時に、自分たちの時と同じだな、いい意味で変わらないなって思ってもらいたい。帰ってきたときに、挨拶もできない自分から動かないみたいな部活にしてほしくない。だから二年生に結構かかっている部分はある。
もし一年生が入ってきて、挨拶やら報告連絡相談ができないってなったら、もちろんその子も悪いけど、指導できてない二年生も怒るからね。先に言っておく。これからは自分ができているからそれでいいを卒業して、じゃあ後輩は?っていうターンだ。
三年生も二年生を今よりももっと気にかけてあげて。バスケの技術だけではなくて、残せるものは全部伝えて、残していってほしい。それが新年度のお願い。バスケ全然関係ないけどね。
一つ目、声を出しましょう。練習中のきついときのファイトーでも頑張ってーでもいいよ。名指しで〇〇ファイトーでもいいよ。それだけで雰囲気ガラッと変わるから。試合中も同様にマークマンの受け渡しとか打っていいよセーフティいいよフリースロー入るよゾーンのコミュニケーション、ずっとしゃべって声出しててほしいくらい!
あとは言い忘れたけど、部長のいったことには返事しよう。前にも言ったけどみんなの代表なわけで、あれするよこれするよ言われたらちゃんと返事しよう。「はい」の二文字だけで今は理子だけど、これから部長をやっていく子たちの気持ちもすごく楽になるはず。
二つ目、挨拶・報連相しっかりしましょう。挨拶は自分にだけじゃなくて体育館にもそう、使えて当たり前、バスケできて当たり前じゃないから感謝の気持ちを忘れずにね。日常生活だとすれ違った先生もそう、業者さんがきたらその人にもね。二年生がここで頑張れば絶対いいチームになる。報連相は大学・社会人になってもすごく大切だから今から練習ね。
新年度早々うるさいなって思うかもしれないけど、ごめん。平成生まれだけど意外と精神論者で古臭い人間だから、そこだけは我慢してほしい。声出すことと挨拶報連相ね。二つだけ。まずは関東予選・総体まで頑張ってみよう。2024年度もみんなの前に立ててうれしいです!
はあ、先にまとめておかないとうまく話せないからね。困っちゃう。多分うるさいなーて思われるかもしれないけどそれでもいいよ。今の伝統を守れるなら。精神論者で古臭い人間でもそれでもいい。自分が教わったこと習ったことをたくさん伝えていきたい。明日うまく話せるかな。またタブレットに転写しておこう。
今回は本当にただのメモ書きみたいになってしまった。でも自分が大切にしていることが少しでもわかってもらえればいいかな。いい子たちだから大丈夫だと信じよう。
またね。
卒
3月に入って、学年末考査も終わり、成績処理に追われ、卒業式に向けて忙しくなるシーズン。自分が初めて見た子たちが卒業する。そんな時期。何回も言っているように3年生は本当にキャラが立っていて、明るい。正直すごく思い入れがあるわけではないが、それでも卒業してしまうのかという気持ちになる。自分が生徒だった時の1年のスピードよりも桁違いに1年が過ぎていった。そんな感覚。
部活もそろそろ卒部会を考え始めるころだった。ぼんやりと遠山先生と相談をして、2,3年生が登校する13,14,15のどこかでやろうという話になり、3月の予定を出す時点で14に仮決定し、みんなに伝えた。それで何事もなく終わるはずだった。
3年生の一人から来れないという連絡が入る。友達とご飯の約束があるそうだ。自分は正直伝えた予定を後から変更するのが本当に苦手で(部員が相手でも申し訳なくなってしまう)、他の日付にするのが嫌だった。だが3年生のための卒部会。3年生がそろわないのは話にならないと思い、元部長に3年が揃う日はあるか聞いた。
「13,14,15だとなさそうです。」とのことだった。遠山先生にも相談をする。
全員が学校にいるその三日間で5人が揃わないなんてありえないだろ。ここでそれを許すと来年からもそういう空気になりかねないよと少し怒られた。卒業式後の日程でも提案をしたが、13,14,15でそろわない奴らがその他の日付で揃うわけないと言われてしまった。元部長は予定を入れたその子が悪いから別に抜きでよくないですかと言い出す始末。でも自分は全員揃っていてほしい。かといって別日にすると現役部員が揃わないかもしれない。現役部員が揃わないとそれはそれで遠山先生に先輩を尊敬する気持ちがないとか言われそう。でも現役の顔を立てるために14日にすると3年生は揃わないし、唯一無理を言って揃いそうな13日にすると、今度は現役生が揃わなくなる、、、
という負のループを延々と回っていた。何度も何度も元キャプテン、予定のある子と話をした。誰も傷つかない選択肢はないものかと。苦痛だった。3年生からも、現役生からも、遠山先生からもすべての方向から板挟みにされている感覚。自分の決断力と計画性のなさが招いたものだが。
元はといえば14日に予定を入れた3年生がいけない気がしなくもない。自分はどうしてこうもそんな立ち回りなのだろうかと少しだけ辛くなった。
結果として13日に行うこととなった。1年生は一人来れないようだが、それ以外来れるならそこでやるしかない。来れない子に関しては最初から休みですと遠山先生にいうとその子が可哀想なので当日体調不良ということにしようと思う。気を遣いすぎかな。
でも、今の子たちが悪く思われるのはそれはそれで嫌だから。仕方ない。
来年はちゃんとに早め早めに予定を立てるようにしようと心に誓った。
2023 hurikaeri
なんだか大晦日の感じが全くしない。普通の寒い夜。紅白歌合戦を一度も見ていない。みんなはもっと大晦日感あるのかな。冬休みあっという間すぎるな。夏休み中に書いたブログで、「夏休みもあと3週間」とか絶望してたけどなんで3週間もあるのに絶望してんだ???どれだけ嫌だったんだろうか。冬休みなんて秒じゃん、、、
3学期から日課表が変わるんだけど憂鬱でしかない。今までやってきたルーティンを崩される感じ? 月曜日は1,3だから気持ち作らなきゃとか、木曜は2コマだから楽できるなとかいろいろ気持ち整えながらやってたのにー!という気持ちになる。授業数一緒なのになんだか仕事が増えた気持ちになる。なぜ。
まあ、うだうだ言ってても来るものは来てしまう(例:来年)ので、サクッと2023年を個人的に振り返りたいと思います。去年も同じようなものを書いたので興味があれば是非。↓
2023年は就職とかでいろいろと変化の一年だった。まあ、普通に同級生は大体みんなそうかな。人生は一度きりだからいろいろな経験をした方がいいのだろうけど、どうしても楽な方、苦痛を伴わない方を選択してしまう。今もきっとそう。自分が苦しまず、楽できる道をただ歩き続けている気がする。去年の今頃は睡眠状態の悪さに悩んでたっぽいけど今年は早寝早起きをしていました。まあ、主に就職してからだけど。23時過ぎに寝て、6時過ぎに起きる。健康生活。人間て不思議なもので、ちゃんと寝るとメンタル安定するんだよね。夜勤やってた頃は毎日がクソだったけど、ちゃんと寝るようになってから割と気持ちに余裕がある気がする。まあ要因は他にもちゃんとあるんだけどさ。みんなもちゃんと寝ようね。こうして来年も睡眠事情が記されていくのだろうか。
1月に就職決まって、年度末に初めて出社して、いろんな人と出会った。知っている人も多くて職場環境はいいと思うんだ。でも、だいぶ甘やかされています。自分で言うのもなんですが、、、甘やかされているのが自分で分かるくらいには甘やかされているから甘やかされているよね(?)来年度から担任とか任されたらどうしよう。三者面談とか個人面談で話すことないんだけど。今から戦々恐々。意識低すぎるよね。ごめんなさい。相変わらず時間がたてばできるようになるとかどうにかなると考えている節が多すぎる。本当にダメ。
4月から授業が始まって、本格的に仕事がスタートした気がする。でも本当に難しい。主体的とかアクティブラーニングとか出来てなさすぎる。どうやってやればいいんだろう。この時からずーっと悩んでいる。上手くいかないことばっかり。ホントに。
授業と同時に部活も見るようになった。副顧問スタートで数年後に主顧問かと思ったらいきなり主顧問スタートでビビるよね。3年生からしてもぽっと出の新任が急にコーチとかやりづらかっただろうな。ごめんね。1学期は毎日に必死すぎてそこまで記憶がない。ただうまく生きようと、ボロを出さないようにしようと必死に生きていた気がする。多分至る所で自分のポンコツさは露呈されていたけど。
夏休みは部活漬けだった。名前の呼び方で悩んでいたのとか懐かしいな。今ではもう何のためらいもないけど。当時はかなり葛藤していたね。当時って程昔でもないけどさ。でも、たくさん悩んでよかったかもしれない。あれももう4か月くらい前か、、、早いね。
2学期は少しずつ学校に慣れてきて、修学旅行とか楽しみだなーってなってた。まあその前に体育祭もあったけど。先生としてどこにいても怒られない感じとかがすごく楽しかった。生徒たちもみんな頑張って運動していたし(?) カメラを向けたらみんなすごくいい笑顔を向けてくれるのもとっても嬉しかったなあ。毎日頑張っている甲斐があったというかなんというか。修学旅行もこの代で行けて良かった。忘れたくないもん。初めて行った時のこと。ずっと覚えていたいな。修学旅行については以下のブログをご覧くださいませ。↓
なんか、少しずつブログを書いているから見たことある内容ばっかりになっちゃうな。振り返りってそういうものか、、、?
去年の振り返りで、
出来れば来年もこうして振り返り書いて、去年の自分は苦しんでるなとか面白く見ることができるようにしたい。
って言ってて、去年の自分は苦しんでいるなって思った。でも、今年が苦しくなかったわけじゃないよ。種類の違う苦しさ?大変さに襲われた感じ。だから去年の自分の振り返りを見て笑えるものでもないし、来年また振り返りを書くときに苦しさの種類がどうなっているかって話だね。苦しさが消えるのなんて、宝くじが当たらないと無理じゃない?
でも確実に過去の自分が、その苦しみが今を作ってくれているというのはよくわかるかな。自分だけじゃなくて、そばにいてくれる人にもとっても救われているしね。周りにいてくれる人を大切にしながら、もっともっといい一年にしていきたいです。年男だし。本厄だけど!!!2024は好き。簡単に2で割り切れるから。
何の話をしていたっけ。ああ、振り返りか。2023年もこんな自分と仲良くしてくれてありがとうございました。一人じゃないって分かる瞬間があるから、毎日ちゃんと生きなきゃなってなります。2024年がみんなにとっていい一年になることを心からお祈りしています。
よいお年をお迎えください。来年も何卒よろしくお願いします。
またね。
長いよ、
終業式が終わった。日数にすると一番長い2学期が終わった。始まる前はただただ長いなって気持ちだったけど、終わってしまうとあっという間だった。これは別に2学期だけに言えることではない。全部がそういうものな気がする。過ぎ去ってからその時の尊さだったり楽しさに気づくわけで。そうやって後悔を繰り返しながら生きていく。そしてそれが常に廻り続ける。そんな感覚。1週目がもう残り半分もないけど、自分はどう生きていくのだろうか。
2学期の大きな行事。修学旅行。1年目からタダで沖縄行けるとかラッキーって思ってた。でも周りの先生は一回行けばもう充分ですとか言ってて、担任と副担でその負担は段違いなのかなとかも考えた。
初日。朝4時半に起きた。学校に6時集合だから、5時半には家を出ないといけなくて、そんな時間。周りはまだ暗かった。学校に着いて、早朝特有の空気の匂いを嗅ぎながら他の先生と合流する。みんなまだまだ元気そうだ。学校から駅に向かう。たくさんのバスと多くの生徒がいた。非日常にわくわくしているようだった。ウチのクラスでも遅刻しそうな子が何人かいて、大丈夫かなと思ったけれどなんとか間に合った。安穂先生は羽田に向かうバスの中ですでに疲れていた。まだまだエピソード0ですよと声をかけておいた。笑っていた。ウチの学年は400人もいて(通常なら300人いかないほど)、集合場所や話を聞かせるだけで一苦労だ。羽田に着いてからの大所帯での移動はすごく気を遣った。全員いるかどうか、遅れている子はいないかどうか。気を張り巡らしていた。飛行機は無事に飛び立った。大きな混乱もなく。そして無事についた。大きな混乱もなく。
那覇空港はとても暑くて、冬服の生徒たちは本当にかわいそうだ。かくいう自分もジャケットを羽織っていたが、さすがに脱いで、ワイシャツの袖をまくった。11月中旬なのに27度とかあってやってられなかった。那覇空港からバスに乗り、さっそく安穂先生の怒号(?)が響いた。那覇空港で待っているときにゲームをしている子がいたらしい。怒った後、隣でずっと後悔していた。バスガイドさんにも謝っていた。やはり怒るというのは難しいよななどと一人で頷いてしまった。初日は平和祈念公園とひめゆりの塔を巡って終わり。ホテルについてからもずっとホテル内をうろうろしていた。特に役割が振られていない時間帯でもずっとロビーなどにいた。部屋でじっとしているのはなんだかもったいない気がしてしまっていた。普段あまりしゃべらない生徒ともよく話した。他のクラスの子からは名前覚えられてないと思ってた!などと言われた。まあ、覚えていない子もいるけれども。
2日目、クラス別研修。生徒がみんな思い思いの私服に身を包んでいた。最初はおきなわワールドでガラス体験をした。吹きガラスとかできると思ったら飲み口の形成だけで、拍子抜けした感じがした。お昼はキレイ目なビーチでバーベキュー。みんなご飯よりも砂浜に夢中だった。ウチのクラスは男女仲があまりよくなくて(理由は後述)、男子は男子、女子は女子で固まっていた。そこから一人の男の子が女子の集団に向けて歩き出す。男の子はそれから女子の集団に取り込まれて、すぐに一人の女の子とともに出てきた。海を背景に写真を撮る二人の姿は他の子も言っていたけど恋愛リアリティ番組みたいにキラキラしていた。太陽に照らされた海も負けじとキラキラしていたけど、若人の青春には勝てていなかった。熱いなとか女バスの子と話をしていたら、一緒にいた子が、「先生、青春クソです。」と言ってきた。今まで自分のことが嫌いなタイプだと思っていたから、話しかけられてびっくりした。思わず、「致死量の青春を浴びたよ」という謎の返ししかできなかった。
クラス別研修の〆はカヌー。見学の子がいるから、自分やりませんと安穂先生に言われたけど、修学旅行で担任が見学なの訳わからな過ぎたから、さすがに自分が残りますと言ってカヌーに乗せた。見学者は青春クソですの子ともう一人。みんながカヌーをしている2時間半くらい、いろいろな話をした。クラスのこと、部活のこと、中学のこと。ふと気になったので、クラスの男女仲について質問をしてみた。女子曰く、クラスの男子が恋愛対象でしか見てこないのが気持ち悪いとのことだった。隠語で自分たちのことを会話しているらしく、ランキングとかつけられているんですよ!とかなりご立腹だった。友達感覚ではなく、常にそういう目線で話されていると考えると確かに辛いものもあるのかなと思った。結局、カヌーはできなかったけど、クラスのことや見学していた二人のことをよく知れた良い時間だった。
ホテルに帰って、夕食の時間。教員でいることはなんだか自由で楽しかった。みんながご飯を食べている中を歩き回っても怒られないし、部員の席に言って、「〇〇遠慮しなくていいんだよ。もっと食べなよ。」とか「ちゃんと2週目行けよ~」とかいろいろいじるのが面白かった。
点呼の時間。安穂先生と部屋を回っていく。青春クソですの子の部屋の番。点呼も終わったのになかなかドアを閉めようとしない。どうかした?と聞くと、同じ部屋の子がビーチで嫌いな男子に告白されたらしく愚痴を聞いてほしいとのことだった(写真を撮ってキラキラしてた子とは別)。その男の子には普段から脈ナシを伝えているのにもかかわらず、写真を撮ってくれとか付き合ってくれとか言われてもう最悪だったと悲しそうだった。点呼の時間は過ぎているから会話を普通にするわけにもいかないし、かといって無下にはできないし、と。葛藤した。結局就寝時間を20分すぎたくらいまで話をしていて、他の部屋を回り終えた安穂先生が帰ってきたのでお開きになった。本当は相手の気が済むまで話を聞いてあげたかったけどね。20分すぎたのでも大サービスだよ。ていうか自分たちの時の点呼ってあともう寝るだけの状態にしてからじゃなかったっけ。普通に風呂上りとか絶対寝ないだろこいつらみたいなやつら多くてアレだった(老害)。
3日目はタクシー別研修。教員も数人でタクシーを貸し切り、生徒がいそうな場所を巡る。途中体調不良者の対応とかもあったけど、同乗していたのが大ベテランの先生だったから安心して頼っていた。体調不良者が出るのは珍しいといっていたかな。でも、初年度からそういう経験ができて良かった。夕方にはホテルのビーチで遊んだ。下っ端だから結局一番立ち仕事とかしないといけないわけで、大変だったけど、部員達から写真撮りましょーって寄ってきてくれたのはうれしかったな。普段からよくコミュニケーション取っててよかったなって。でも本当にいい子たちだから(いろんなとこで言っている)、それだけ尽くしたりやってあげたくなってしまうよね。一種の親バカみたいな感じなのかな。多分違うけど。
最終日は国際通りを巡った。お昼は若手の先生グループでひとり5千円くらいするステーキを食べた。おいしかった。若手の先生も多い学年団だからその面でもとても救われている。自分は副担だから最後に国際通りの端っこから生徒を追い込み漁のように集合場所まで追い出して終了。国際通りの滞在時間短すぎるんだよな。部員とかスシロー行きました!って言ってたから、思わず「木更津?」って返しちゃった。おばさん先生は国際通りをこんな感じで回るなら首里城とか見させた方がいいって愚痴ってた。それも一理あるな。
帰りの飛行機はみんなすごく疲れていた。起きている子あんまりいなかったんじゃないかな。自分は機内でずっと『薬屋のひとりごと』を見ていた。アマプラでダウンロードしておいたやつ。ちなみに行きの機内では『JOKER』を見ていた。羽田について、その寒さに驚く。そうそう、11月はこの気温ですよね。と現実に戻された気がした。そこから木更津駅、学校と巡って修学旅行は終わった。クラスの子たちともすごく仲良くなれたし、先生同士でも今まで以上にコミュニケーションをとることができるようになったと思う。青春クソですの女の子は学校帰ってきてからもよく恋愛の話をしたり、この前はディズニーのお土産買ってきてくれたりして完全になつかれている(言い方)。廊下で座っていたらロッカーから紙袋を出して、片手で「これあげる」といって渡してきた。「神やん!」という返ししかできなかったけど、「私優しいから」と自慢げだった。後日、部活のクリスマス会(後述)のクッキーのあまりをお返しとしてあげておいた。だいぶ喜んでいた。
2年副担スタートで、次年度担任はよくある話らしいので覚悟しておかなければと思っている。きっとこのまま3年生に上がることはないかな、、?みんなと一緒に卒業まで突っ走りたかったけど、仕方ないよね。いや、勝手に言ってるだけで全然持ち上がりもあるけどね。まあ、どうなるか。残された2学年生活を楽しむよ。
続いて部活のクリスマス会。ここまで夏休みにアイスを買ったり、ハロウィンに靴下あげたりと貢ぎまくっている顧問なわけですが、ここが腕の見せ所。クリスマス会です。普通ならフリースロー大会で優勝者に景品が一般的だけど、面白みがないから今回は筆記テストを作成してみた。いわば実技の部と筆記の部だね。
実技の部であるフリースロー大会ではキャプテンが優勝した。さすがキャプテンと言わんばかりの安定性と集中力だった。でも他の子も試合以上にシュート率がよくて、いつもそれくらい入れてくれと思った。口に出した気もする。
じゃああったかい格好してゼミⅣ集合ね。そう伝えて少ししてからゼミⅣに向かうと何やら声が聞こえてきた。「~後ろから入ってジングルベルは?」「~みんなで~」すべて聞き取ることはできなかったが何か計画しているようだった。「入るよー」というと「待ってください」という声。少ししてから入ると黒板に「MerryChristmas」と書かれていた。これ書いてました!と笑顔で答える部員。筆記部門なので、通常のテストみたいに雰囲気を出してみた。
「机の上は消しゴムシャーペンだけにしてください。スマホなどは使わないでください。」
「(スマホの着信音)」
「先生、〇〇のスマホがなりました!!ゼロ点で良いです!」
「不正行為やめてー、配るよー」
「(カメラのシャッター音)」
「〇〇がスマホ使ってます!!」
なんてやり取りをして試験に臨ませた。
以下内容
【Ⅰ】クリスマスに関する次の文章を読み、以下の問に答えなさい。
①クリスマスとは、文字通りキリストのミサの意で、キリストの誕生を祝う降誕祭であるが、起源元年12月25日にイエス・キリストが生まれたという確証はない。クリスマスは世俗化された形で「グローバルな祭り」となり、世界で一番好まれ、一番重視され、人類共通といえるほどの年中行事になった観さえある。②約200ヵ国のうち約150ヵ国がクリスマスを国家祝祭日に規定し、しかもその150ヵ国の中にはキリスト教国ではない国々も含まれる。また、メリークリスマスの「Merry」は【 ③ 】という形容詞。クリスマスをお祭り気分でお祝いするという意味を持っている。クリスマスツリーは、旧約聖書の『創世記』に登場する「知恵の樹」の象徴とされており、冬の間も葉を落とさない④常緑樹が使われるツリーには、「永遠の命」という意味もある。
問1 傍線部①「クリスマス」を英語で書きなさい。(Xを使った表記は不可)
問2 傍線部②とあるが、日本はこの中に含まれている。「はい」か「いいえ」で答えなさい。
問3 空欄部③に入る最も適当な言葉を次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア 神聖な イ 楽しい ウ 情熱的な エ 幻想的な オ 厳かな
問4 傍線部④に関連するクリスマスツリーに使われる常緑樹として正しいものはどれか。次の中から一つ選び記号で答えなさい。
ア モミ イ カエデ ウ イチョウ エ アオダモ オ モミジ
【Ⅱ】顧問に関する次の各問に答えなさい。
問1 顧問のフルネームを漢字で答えなさい。
問2 副顧問のフルネームを漢字で答えなさい。
問3 顧問は志学館中・高等部の出身であるが、顧問が2年生の時、先輩である3年生の総体でつけていた番号を次の中から選び記号で答えなさい。(当時3年10人、2年9人、1年忘れた)
ア 12 イ 13 ウ 14 エ 15 オ ベンチ外
問4 顧問が現役時代ほぼ毎日飲んでいた飲み物はどれか。次の中から選び記号で答えなさい。
ア イチゴミルク イ カルピス ウ 午後の紅茶無糖 エ ミルクティー オ コーラ
【Ⅲ】バスケW杯に関する各問に答えなさい。
問1 この大会で日本はオリンピックへの出場権を獲得したが、次のオリンピックの開催地はどこか答えなさい。
問2 日本は一次ラウンドで三ヵ国と対戦をした。ドイツ・オーストラリア、もう一か国はどこか。次の中から選び記号で答えなさい。
(河村が大爆発、4Qだけで3Pを4本沈め、計25得点したあの試合です。)
ア アメリカ イ ポルトガル ウ イラン エ フィンランド オ スペイン
問3 順位決定戦のベネズエラ戦で4ファールながら計23得点(4Qだけで17得点)を決めた比江島慎だが、彼の所属チームとして正しいものはどれか。次の中から選び記号で答えなさい。
ア 宇都宮ブレックス イ アルバルク東京 ウ 千葉ジェッツ エ 琉球ゴールデンキングス
問4 日本代表監督の名前は「トム・〇〇」である。〇〇に入るものとして正しいものを次の中から選び記号で答えなさい。
ア ホーキンソン イ ホランド ウ ホーガン エ ホーバス オ ホズンズ
【Ⅳ】バスケに関する各問に〇×で答えなさい。
問1 コートは縦28m、横15mと規定されているが、この中に境界線(エンド・サイドライン)は含まれていない。
問2 ボールを持ったまま横たわったり、その勢いで滑ることは正当だが、そのままコートを転がったり、再度立ち上がったりするとトラベリングになる。
問3 ショットクロック残り8秒でAチームがフロントコートでドリブルをしているときに、Bチームからファールを受けた。この場合ショットクロックは14秒で再開される。
問4 テクニカルファウルが宣せられた場合、他のファウルによって適用される罰則の順序にとらわれることなく、罰則(2ショット等)の途中であったとしてもそれらにかかわらず直ちテクニカルファウルの罰則であるワンショットが行われる。
問5 誤ったシューターがフリースローを打ったことに、2本目のシュートが成功した後に審判が気づいた場合、2本のフリースローは取り消され、相手チームのスローインで再開する。
【Ⅴ】
新チームでの約6か月はみんなにとってどんなものだったでしょうか。
①良かった点と②まだまだ頑張れた点/これからどうしていきたいかの2点(3点)について自由に書いてください。
正答率は高くて8割いかないくらいだった。みんなああでもないこうでもないといいながら解いていた。オリンピック開催地を沖縄県と答えるやつがいたり、クリスマスを英語で書く問題は黒板に書いてありましたと嬉しそうに言う子など様々だった。
丸付けするから外練行きなさいと伝えて、マネと見学の子と3人で準備や飾りつけをした。結果発表をして、全員に靴下をあげて、成績上位者にはオプションのプレゼントもあげた。渡し終えると、写真撮ろう!といってみんなが部屋から出て行ってしまった。クリスマスグッズでも取ってくるのかなと思って待っていたら、みんながジングルベルをうたいながら部屋に入ってきた。その手にはなにやらラッピングされた袋があった。
「先生!私たちからもプレゼントです!みんなでアウトレットで選びました!!」
自分は驚きや喜びを表現するのが本当に下手くそなタイプで、もっと上手に喜べるようになりたいと常日頃から思っている。多分ありきたりな驚き方をして、わけもわからず土下座しようとしていた。みんなにそれは止められたけど、嬉しくてよくわからなかった。普段指導している甲斐があるなと、この瞬間のために日頃の苦痛を乗り越えているといっても過言ではないかもね。みんなで写真を撮って、終わり。2年生が良い子たちなのはもちろんのこと、1年生ももっともっと良くなるはずだから、先輩の背中を追いかけていってほしいな。本当にいい子たちです。いろんなところで言っているけど、それだけいい子たちなんだもん仕方ない。まだまだたくさん練習して、試合で勝とうね。
長くなりましたが2学期の一大イベントと嬉しかった思い出について書いてみた。結構充実してた気がするなあ。あっという間だった。多分年末に振り返りレポを書くつもり。1週目が終わりを迎えるとき、自分はどんな気持ちで何を考えているんだろうか。まだまだ経験してない苦労とか困難は山ほどあるんだろうけど、それをどうにか乗り越えられる強さとメンタリティを手に入れたい。いま、部員達がしていること、頑張っていることが後輩たちに繋がって、さらにその後輩に繋がって繋がって繋がって、ずっと平和な部活になればいいなと今は思うばかり。
もっともっとよりよい毎日になるために、少しずつ歩いていく所存です。
明日はクリスマスだね。みんなに幸が降りかからんことを。
またね。